ひいちゃんばぁば

►2014/08/17 23:12 

実家には100歳の祖母が同居している。

里帰り中、若が「ひいばあちゃん」と言えなくて
ひいちゃんばあばと呼んだ。

それがとてもかわいくてかわいくて。

おじいちゃん ⇒ じじ
おばあちゃん ⇒ ばーちゃん
ひいばあちゃん ⇒ ひいちゃんばあば
お母さん ⇒ おかあしゃん
お父さん ⇒ とーちゃん


こんな感じで若は統一性のない呼び方で皆を呼ぶ



祖母は最近認知症が進んで、
いろんなことがわからなくなってきた。

父が毎日「わしは誰や。」と尋ね
孫達を指差しては「あい(あれ)はだい(誰)ね。」(長崎弁)と尋ねた。

私はなかなかいい確率で思い出してもらえた
「・・・・・・・・・・・・・・もろあいちゃん」 というくらいに遅い反応ではあるんだけど。

でも、最終日の朝は自分の名前も出てこなかったと言っていた。




去年の夏頃だったか、今よりはマシだったころ

 『ここの家賃はいくらすると?』と祖母が聞いてきた。

 『家賃?タダよー。タダー 』

 『えー?タダね』と驚くので

  『そうよ。ここはM(父の名前)の持ち家やもん。
   ローンは完済したから家賃はないとよー。』と種明かし。

家をぐるっと見渡しながら
  『ほーーーう。持ち家ね。』と感心して言った。 


今住む家が自分の息子の持ち家であることが分からなくなっていた様だった。
でも、私はなんだかとても面白くて、
いろいろ質問してはちょっとだけ外れて帰ってくるトンチンカンな回答を楽しみながら会話をした。



これが1年前だとすると、随分すすんじゃったなぁと寂しく思うものの、
記憶にまつわる内容以外の会話はまだちゃんと成立する。





祖母は嫁いでから、嫁ぎ先にどっぷり骨をうめて生きてきた。
結婚時に生家から気持ちいいにくらいさっぱり巣立ったという感じ。

しかし、お迎え近くなった現在、思い出すのは自分の親兄弟らしく、
旧姓の祖母になっての発言が多いらしい。
(脳が)若かりし頃の記憶の方が鮮明に残っているのは私も同じ。
気持ちはわかるかな。

祖母の自宅か祖母の実家なのかかはわからなが、
そこが自分の帰る場所だと思っている様で

私がいる間にもしょっちゅう
 『雨がやんだらそろそろおいとましましょうか。』とか
     『もうこんな時間だから家に帰らないと。』と帰りたがった。

朝おはよう、と声をかけたら
 『昨晩はお世話になりました。』とお礼を言われた。

 『いえいえ、今晩も明日の晩もずーーーとどうぞ。』

 『あらまぁ。そろそろ今日あたりは帰らないと。』

 『いいとよー。ここおばあちゃんちよ。わかる?』

とどこまで肯定してよいのか否定した方がいいのか難しく
私の返答も妙な感じ。


これが毎日何度も何度も聞かされるんだったらまた違うかもしれないが、
私は不謹慎かもしれないが面白かった。
もともと思慮深くて無用意な言葉はそれほど発しない人だったので
祖母の“素”が見え隠れする感じでかわいくも思えた。


風呂上りのひ孫達を見て
 『あの子達は自分の家の風呂に入ればよかとに。』と言いったり

食事前に近くにいたひ孫を見て
 『もしかしたらうちで食べるとやろうか。』と言い出したり。


こういう時は今いるところが自分の家っていう認識があるらしい。


その度に
 『私の子供たちよ。おばあちゃんのひ孫よ。風呂くらい入らせてよー(笑)』と大笑い。


旧姓の自分の感覚に戻ることが多い祖母にとってひ孫は完全に頭の外。


祖母の頭にはひまご達は存在しないも同然だが
姫はもう6歳だから大きくなってもなんとなく覚えてるかな。
若は・・・無理だろうなぁ。

でも、若が祖母のことを「ひいちゃんばあば」と呼んでいたことは
大きくなったら教えてあげよう。







テーマ : 家族 - ジャンル : 結婚・家庭生活

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